2023年5月28日 (日)

研究不正

スタンフォード大学の学長であるMarc Tessier-Lavigneの研究不正が調査されていると聞いて、驚きました。

https://haklak.com/page_marc_tessier-lavigne.html

Marc Tessier-Lavigneは神経科学(とくに神経回路形成)のスター研究者で、私が研究をしていた頃もCell Nature Neuronに論文を連発していました。

その後、ロックフェラー大学の学長を経て、スタンフォードの学長になっていたんですね。このたび初めて知りました。

 

少し分野が違っていたので、彼の論文をまともに読んだことはなかったのですが・・

「ゴマカシ、マヤカシでのし上がった奴なんやろうな」というのが率直な感想です。

 

ちなみに、彼のポスドク時代のボスであるTom Jessellも神経科学のスター研究者でしたが、後年、セクハラでコロンビア大学を追放されています。

 

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2023年5月18日 (木)

シュリンクス

「シュリンクス」というのは、精神分析にかぶれた精神科医を指す言葉で、ジェフリー・リーバーマンの著書の題名にもなっています。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B9%EF%BC%8D%E8%AA%B0%E3%82%82%E8%AA%9E%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F-Jeffrey-Lieberman/dp/4772416390/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=2ZU1KVI87GYU7&keywords=%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B9&qid=1684410555&sprefix=%E3%81%97%E3%82%85%E3%82%8A%E3%82%93%E3%81%8F%E3%81%99%2Caps%2C266&sr=8-1

この本では、アメリカの精神医学と精神医療が、公平な視点から描かれています。精神医学の功罪をバランスよく描いているという点から、もっとも優れた精神医学入門と言えるかもしれません。

アメリカでは1940年代から70年代にかけて、精神分析が精神医学界を席巻しました。その結果はかなり悲惨なもので、多くの精神疾患の患者さんが適切な診断と治療を受けられずにいました。

1980年にロバート・スピッツァーらが新たな診断基準(DSM-III)を発表したことが分岐点になりました。DSM-IIIは、病気の原因に関する理論(主に精神分析)に頼らず、できるかぎり科学を根拠としようという意思のもとで作成されました。それにもとづいて薬物療法や精神療法の研究、さらには遺伝子や画像の研究も行われるようになり、ようやく精神医学が科学の仲間入りをしたわけです。「シュリンクス」からの反発を跳ね返したスピッツァーの英雄的な努力が描かれています。
一方、その後のDSM-5改定に関しては、不透明性に関する批判に応えられなかった責任者の不手際に疑問を呈しています。当時の学会長だったリーバーマンが尻ぬぐいをした顛末も書かれています。

興味深かったのは、アーロン・ベックが精神分析を見限って認知療法を始めたときの回想です。

「全員、とても短期間で効果が出たので、私の患者数はゼロになってしまった。上司の学科長は私の患者がみな去っていくのを見て『君は個人開業では成功できないね。何か別のことをやった方がいい』と言っていたよ。」

こんなカッコいいセリフ、医者なら言ってみたいですよね!ちゃんとシュリンクスをディスってもいます。

監訳者が研究不正で処分されたことを知っていたので敬遠していましたが、もっと早く読んで、学生に勧めておけば良かったと思いました。

 

 

 

 

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2023年3月23日 (木)

家族の心配より患者の気持ち

2023年3月21日 日経新聞朝刊 28面 医療・健康欄

写真家の幡野広志さんという方が、興味深い体験談を書いておられます。

癌になると、周囲からたくさんの人がお見舞いの電話を掛けてくる。

だいたい電話をかけてくる側が、自分の病気か家族の病気を話し、病気になった人が話を聴く立場になる。

詐欺まがいなインチキ医療を紹介してくる。

宗教の勧誘が押し寄せる。

「癌」という漢字のように、たくさんの口が山ほど押し寄せてくる病気のように感じられる。

結果として、電話番号を解約し、インチキ医療を紹介する人と縁を切り、親とも縁を切ったと。

 

人生が有限であることを突きつけられ、何に価値を置くかを問い直した結果の行為なのでしょう。

似た悩みをお持ちのがん患者さんとお会いしていたので、ストンと腑に落ちた気がしました。

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2023年2月 5日 (日)

日本文学盛衰史 演劇

平田オリザ氏の演劇は、タイミングが合えば見に行くようにしています。コロナの間は観に行けなかったので、今回は久しぶりで楽しみにしていました。事前に平田氏の「名著入門」に目を通して予習したくらいです。場所は伊丹アイホール、JRの伊丹駅から徒歩すぐです。土曜の夜の部で、観客は中高年男性が目立ちます。

観劇直後の感想は「???」です。セリフが説明的すぎるし、登場人物が多すぎて途中から名札つきになったり、途中から俄然コミカルになったり。

筋は通っているし、ギャグや小ネタが盛りだくさんで、2時間半近くの長尺は気にならなかったのですが、宮沢賢治がラッパーとか、やりすぎ感もありました。

モダニズムの受容がテーマだとして、敢えて(登場人物が多くなる)通史という形をとったのはどうしてだろう、とか帰りの電車でつらつら考えていました。まあ、子規と漱石とか、これまでゴマンと取り上げられていそうですね。

島崎藤村の「破戒」は近代小説の完成形だったんですね。「夜明け前」と共に読んでみようという気にはなりました。

行く途中に大阪駅で降りて、ピッコロカリーで食べたカレーが濃厚で良かったです。昔、ホワイティ梅田は通勤で通っていました。今はなき泉の広場は、立ちんぼで有名だったそうですが、当時は知りませんでした。

 

いつも思うのですが、30人以上が汗水垂らして作り上げた作品を3000円で鑑賞できるのは、いかにも安いです。150人くらいの観客でペイするのかな?と心配になります。

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2022年12月28日 (水)

自動車免許の更新

5年ごとの例のやつです。

10年前は、運転免許試験場まで行っていました。市内から片道1時間くらいかかり、完全に半日仕事でした。最寄駅からバスが1時間に2本くらいしかなく、バス停で大学の同級生と久しぶりに会って、話し込みました。

5年前は、ターミナル駅の近くに運転免許更新センターができ、講習も含めて1時間で終わりました。

今回は、講習を事前にオンラインで受けられるとのことで、講義を受けていったら、30分以内に交付されて驚きました。ほぼ本人確認と写真撮影だけです。

今後、マイナンバーカードとの一体化も検討されているようです。日本も変わらないようで変わっているのですね。

 

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2022年9月23日 (金)

バイオ サイコ ソーシャル 十五年説

Engelのバイオ・サイコ・ソーシャル モデルでもありませんが・・・今日、気づいたことを書き残しておきます。

 

私が医学部に入ってから基礎研究を辞めるまでの15年は、バイオの時代でした。

精神科医に転向して、サイコセラピーについてそれなりに勉強して、だいたい15年でもういいかと思いました。ただ、それで終わりにすると何も残らないので、論文を書いていますが。

次はソーシャルです。精神科医として、雇用面では休職や復職、傷病手当の診断書、福祉面では障碍者手帳や年金の診断書、生活保護受給者の医療要否意見書、介護保険意見書、などなど週に何通書いているやら、という感じです。

こうした話題には、倫理的問題をはらんでいます。たとえば、「貧乏人は気の毒だ」と思うか「貧乏人は怠け者だ」と思うかで、診断書の書きぶりは変わってくるでしょう。

社会科学の導き手として、小室直樹さんを選ぶことにしました。今は「痛快!憲法学」を読んでいます。自分があまりに無知のまま生きてきたことを思い知らされながら、楽しく学んでいます。あと15年は、ということになるのでしょうか。

 

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2022年9月19日 (月)

精神科医に何を求めるか

精神科の雑誌をパラパラと立ち読みしていた時に、歌人の河野裕子氏が「非定型精神病」で精神科医の木村敏先生の診察を受けていた、という一文を読みました。

木村敏先生は私の同門の大先輩であり、精神病理学の大家です。以前、私が勤務していた病院に週1回来られていて、私はその姿を遠くから拝見していました。

河野氏は乳がんの術後に情動不安定になり、夫であり歌人である永田和宏氏を夜ごとに罵るようになります。困り果てた永田氏は、旧知の木村敏先生に助けを求めました。木村先生の診察を受けるようになった河野氏は、ゆっくりと確実に回復していきました。二人の関係は、医師と患者という関係を越えて、大きな意味をもつようになったとのことです。

https://www.lifesci.co.jp/special/interview-%E3%82%AA%E3%83%94%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%92%E8%81%9E%E3%81%8F%E3%80%80%E6%B0%B8%E7%94%B0-%E5%92%8C%E5%AE%8F-%E6%B0%8F/

一見、美談であるようですが、違和感が残りました。

どのようなストーリーなら違和感が残らないか?

「河野は自宅から近い心療内科を受診した。50代と思しき地味な女性医師が診察した。時に感情を高ぶらせる河野の話に医師はじっと耳を傾け、『癌になってからというもの、日々辛いことばかり、この先生きていても絶望しかない、という感じなのですね。』と述べた。河野の目に涙が溢れた。

医師は睡眠薬の代わりに眠気が出るという抗うつ薬を処方し、1週間後に受診するよう伝えた。翌週以降の診察は10分程度で、河野の愚痴を医師がじっと聞き、最後に処方の調整の話が出るくらいだった。河野は2週間を過ぎたころから少しずつ寝れるようになり、2か月を過ぎるころには落ち着きを取り戻していった。多いときは6錠だった処方も1年後には2錠になり、診察も月1回5分程度となった。」

こうなると、典型的なうつ病の経過で、違和感はありません。

おそらく私が違和感を感じたのは

・有名な歌人のように感受性の豊かな人は、特別な医師しか治すことができない。

・精神科医は、単に病気を治すだけでなく、スピリチュアルな領域にも踏み込むべきである。

という(書かれざる)前提があると感じられたからでしょう。

臨床医を15年以上もやっていると、いわゆる「名医」がひどい処方を出していたり、逆に全く無名の若手医師がきわめて手際よく治療を進めたりする例を見聞きします。また、中身(治療)よりも包装紙(医師や病院の知名度)の方が重視されることがあるのも、よく知っています。

自由診療であれば高いお金を払って有名な先生の診察を受けたら、と思いますが、保険診療であれば、無名の医師がオーソドックスな治療をして、治療が終わって1年もたったら患者は主治医の名前を忘れている、くらいが良いのではないかと思っています。少なくとも、私なら後者を選びます。

 

 

 

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2022年8月27日 (土)

酔わない檸檬堂

最近、夜遅くに娘の塾の送り迎えをする必要があり、お酒を飲みにくくなりました。

で、ノンアルコール・ビールをいろいろ試してみましたが、どれもカラメル風味でマズいのです。

ビールがダメならレモンサワーだというわけで、これを飲んだら大当たり!

単なるレモネード以上の代物で、ジンの香料も合わせているようです。

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2022年7月 2日 (土)

Born in the USA

アメリカの勉強をしています。主にプラグマティズムについてです。論文のディスカッションを書いているうちに、そこがキモだとわかってきたためです。たぶん、精神療法をプラグマティズム(主にデューイ)の観点からみました、という論文になりそうです。意外といえば意外ですが、ストンと腑に落ちるところがあります。

プラグマティズムで重要なのは、合理的思考と(アメリカ的な)キリスト教の関係です。

森本あんり先生が「アメリカというのは科学とキリスト教を2つの中心とする楕円構造をとっている」と述べておられるとのこと(橋爪・大澤の「アメリカ」から孫引き)。それを押えないと、トランプのアメリカを理解できなのです。

では、日本でキリスト教の代わりとなるのは?次の課題です。

 

世界サブカルチャー史「アメリカ 葛藤の80’s」を見ました。正確に言うと、まだ前半だけですが。

印象に残ったのは、ブルース・スプリングスティーンの"Born in the USA"は、けっしてアメリカを称える歌ではないということ。

歌詞がなかなかすごくて、貧しい若者がベトナムに送られて、きょうだいがベトナムで亡くなって、帰国しても酷い扱いを受けて、という内容。その合間に、"Born in the USA"と叫ぶ姿に泣けてきます。
ロナルド・レーガンは、大統領選挙で愛国心を煽るためにこの曲を使ったとのこと。曲の意味を曲解して、という解釈もありますが、レーガンはわかって使ったんじゃないかな。単純なメッセージよりも、「葛藤を抱えながらも前に進もうよ」というメッセージの方が、国民に刺さるということと。

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2022年5月24日 (火)

文章を読む、文章を書く

私はバイオロジストとして訓練されてきました。理系の文章は図や表が情報として大きな割合を占めるのと、ほぼフォーマットが決まっていることから、書き方をあまり習いませんでした(それより実験しろという教育)。また、論文を読む訓練も受けましたが、論証よりも技術面に重点があったと思います。

現在、文系の文章(教育)を書く中で大いに苦労しており、なぜこんなに苦労するのだろうかと悩んでいました。そこで役に立ったのはこの本

正しい本の読み方 橋爪大三郎 講談社現代新書

橋爪大三郎さんの本は、30年前に「はじめての構造主義」(講談社現代新書)を買いました。今は亡き友人から勧めてもらいました。10回近くの引っ越しを経てまだ手元にあるということは、私にとって大事な本だと言えるでしょう。

最近、「評伝 小室直樹」(ミネルヴァ書房)を読み、橋爪さんが小室直樹氏のゼミを支え続けたことを知りました。小室直樹氏はたまたま父親と大学時代の同級生で、湯川博士にあこがれて全国から京大理学部に集まった俊英の中でも飛びきりの奇人だと聞いていました。その小室氏を支えたというのは、かなり包容力のある方なのでしょう。

「正しい本の読み方」に戻り、大事だと思ったフレーズを列挙します。

「本は、ネットワークをつくっている。(p42)」

「同時代として新しいことをきちんと考えていこうと思ったら、大著者を見つけて、それとの関係で仕事をするのが、いちばん話が早い。・・・大著者との関係で仕事をする。そのことを知っていれば、本を読む手掛かりになります。(p144)」

(”必ず読むべき「大著者100人リスト」”p156~160)

「著者が自分の前提に自覚的でない、必ずしも。(p75)」

「理屈のなかには、価値はない。価値は、前提の中にあります。(p219)」

「どんな議論にも、隠れた前提があるものと考えておくべきなんです。特に、争いを解決しようと思う場合には、そうしないといけない。(p221)」

「理系の文章は、解釈が分かれる余地がなく、分岐がなく、誰もが同じように読めるようにできているんです。(p102)」

「文学とか、歴史とか、思想系のものにはみな、複数の考え方があって、複数の立場が並立している。・・・複数の正しい立場がありうる、ということなわけです。・・・その立場が成り立つものとして、読まなければならない。読み終わったあとではじめて、でも、私はこの立場は採らないよ、と態度をはっきりさせる。そういうふうにしか読めないのです。(p103)」

「人文系の著者は、だいたい仲が悪い。互いに意見が合わない。・・・ケンカを始めるかもしれない、私の頭の中で。・・・そうやって、私の頭のなかの著者がだんだん増えていく。これが本を読むということだと思う。入門書では、これは起こらない、たぶん。でも、ある著者の書いたなまの本を読むと、こういうことが起こり始める。本は生命力があるから。(p81)」

 

要約すると、

「人がより良く生きていくためには、さまざまな異なる価値観をもつ人たちを知ることで、自分の価値観=前提を知り、争いや矛盾の解決に役立てていく必要がある。そのためには、歴史の淘汰をくぐり抜けてきた名著にあたるのが近道である。」

ということになるでしょうか。

文章を書くということは、自分の文章を批判的に読むということもセットになります。「前提=自分の価値観にも意識的に」と求められると、よけいに文章が進まなくなってしまいますね。

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