私はバイオロジストとして訓練されてきました。理系の文章は図や表が情報として大きな割合を占めるのと、ほぼフォーマットが決まっていることから、書き方をあまり習いませんでした(それより実験しろという教育)。また、論文を読む訓練も受けましたが、論証よりも技術面に重点があったと思います。
現在、文系の文章(教育)を書く中で大いに苦労しており、なぜこんなに苦労するのだろうかと悩んでいました。そこで役に立ったのはこの本
正しい本の読み方 橋爪大三郎 講談社現代新書
橋爪大三郎さんの本は、30年前に「はじめての構造主義」(講談社現代新書)を買いました。今は亡き友人から勧めてもらいました。10回近くの引っ越しを経てまだ手元にあるということは、私にとって大事な本だと言えるでしょう。
最近、「評伝 小室直樹」(ミネルヴァ書房)を読み、橋爪さんが小室直樹氏のゼミを支え続けたことを知りました。小室直樹氏はたまたま父親と大学時代の同級生で、湯川博士にあこがれて全国から京大理学部に集まった俊英の中でも飛びきりの奇人だと聞いていました。その小室氏を支えたというのは、かなり包容力のある方なのでしょう。
「正しい本の読み方」に戻り、大事だと思ったフレーズを列挙します。
「本は、ネットワークをつくっている。(p42)」
「同時代として新しいことをきちんと考えていこうと思ったら、大著者を見つけて、それとの関係で仕事をするのが、いちばん話が早い。・・・大著者との関係で仕事をする。そのことを知っていれば、本を読む手掛かりになります。(p144)」
(”必ず読むべき「大著者100人リスト」”p156~160)
「著者が自分の前提に自覚的でない、必ずしも。(p75)」
「理屈のなかには、価値はない。価値は、前提の中にあります。(p219)」
「どんな議論にも、隠れた前提があるものと考えておくべきなんです。特に、争いを解決しようと思う場合には、そうしないといけない。(p221)」
「理系の文章は、解釈が分かれる余地がなく、分岐がなく、誰もが同じように読めるようにできているんです。(p102)」
「文学とか、歴史とか、思想系のものにはみな、複数の考え方があって、複数の立場が並立している。・・・複数の正しい立場がありうる、ということなわけです。・・・その立場が成り立つものとして、読まなければならない。読み終わったあとではじめて、でも、私はこの立場は採らないよ、と態度をはっきりさせる。そういうふうにしか読めないのです。(p103)」
「人文系の著者は、だいたい仲が悪い。互いに意見が合わない。・・・ケンカを始めるかもしれない、私の頭の中で。・・・そうやって、私の頭のなかの著者がだんだん増えていく。これが本を読むということだと思う。入門書では、これは起こらない、たぶん。でも、ある著者の書いたなまの本を読むと、こういうことが起こり始める。本は生命力があるから。(p81)」
要約すると、
「人がより良く生きていくためには、さまざまな異なる価値観をもつ人たちを知ることで、自分の価値観=前提を知り、争いや矛盾の解決に役立てていく必要がある。そのためには、歴史の淘汰をくぐり抜けてきた名著にあたるのが近道である。」
ということになるでしょうか。
文章を書くということは、自分の文章を批判的に読むということもセットになります。「前提=自分の価値観にも意識的に」と求められると、よけいに文章が進まなくなってしまいますね。
最近のコメント