2024年1月12日 (金)

文章を書けない理由

昔から人前で発表する文章を書くのが遅く、苦労していました。

昨年、ようやく仕上げた論文も足掛け3年かかり、我ながら情けなくなりました。

いわゆる「文章の書き方」本を漁ってきましたが、「ライティングの哲学」(千葉雅也、山内朋樹、読書猿、瀬下翔太)を読んで、ようやく納得がいきました。

最も納得がいったのは山内さんの言葉で、問題は

・「もっともっと」と要求する「幼児性」を手放すことができない・・移行対象をいじり続けようとしてしまう・・(〆切直前に急に書けるときは)今回はこれだけしかできないという限定的な形が明確に見えてくる・・その「諦め」をどれだけ前に持ってこられるか(p79)

・現在の自分には扱えない水準を扱おうという欲望なんだと思う(p84)

であり、それを回避するには

・キリのない神経症的操作を回避する・・文章相互の整合性にとらわれ続ける際限ない神経症的操作に入らないようにする(p164)

ことが必要だということです。

読書猿さんの「覚悟」の言葉も刺さりました。

・書き手として立つことは、「自分はいつかすばらしい何かを書く(書ける)はず」という妄執から覚め、「これはまったく満足のいくものではないが、私は今ここでこの文章を最後まで書くのだ」と引き受けるところから始まる・・・有限の時間と能力しかもたない我々が・・・自分に対する義務を果たそうという決断である(p137)

 

つまり、「自分はすばらしい成果を世に出せるはずだ」という妄執にとらわれ、そうでない自分から目を逸らすために細部をいじり続けて時間を浪費する、その根には肥大化した自意識と表裏の関係にある劣等感がある、ということです。

これについては、四人の筆者(どうみても多作な千葉さんを含む)が賛同しており、物書きに共通する悩みであるようです。

 

この本では解決策も話し合われています。

〆切が最も有効な有限化の枠組みであり、それ以外には、さまざまなツールによる思考の外部化、特にアウトライン・プロセッサー(パワポのように箇条書きと階層構造を作る)の活用が有効なようです。千葉さんは自由連想に準ずる方法としてフリーライティングを紹介し、次のように述べています:

・精神分析は他者がいるということが大事で、それに対してぼくはツールとノートとか筆記用具を準-他者と呼んでいるんですが、これは「偽精神分析」なんですよ。・・オーセンティックな精神分析がいうところの本物の他者というものを、準-他者的なものに回収できないか、そう考えたいくらいなんですよ((p111-112)

 

私も去年の論文書きではパワポでプロットを作ったり、ワードのアウトライン機能を活用したりしたので、これらの議論が心底理解できました。

ただ、ワードに書いてしまうと、それに引きずられて筆が止まり、捨てるのも勿体なくなったりするので、

・真っ白なWordファイルに素手で挑まない(p154)

のが大事なようです。

 

自分の小ささを受け入れることができれば、より大きなことができるかもしれない、というパラドックスに気づくことができた良書でした。

 

 

 

| | コメント (0)

2023年12月16日 (土)

Evernoteの(ほぼ)完全有料化

Evernoteはメモ代わりにちょこちょこ使っていたのですが、12月4日より無料バージョンでは50項目以上に増やせなくなってしまいました。事実上の完全有料化です。

たかがメモ書きのために年1万円は高いし、赤字でいつ潰れるか分からないので、他のアプリに移行することにしました。

マイクロソフトのOneNoteにしようとしたら、こちらもOffice365のサブスクを強制されそうになりました。怖い怖い。

すでに契約しているDropboxに付属している、Dropbox Paperというアプリを使うことにしました。

ウェブのアプリは便利ではありますが、無料だからといって頼っていると、いきなり梯子を外されるのが怖いですね。

 

| | コメント (0)

2023年12月 2日 (土)

飛ぶ教室

昔、ケストナーの小説を読んだ記憶がうっすら残っています。

が、ここで書きたいのは、高橋源一郎のラジオ番組「飛ぶ教室」についてです。

エッセイ集「高橋源一郎の飛ぶ教室」は、ラジオ番組の冒頭で語られるエッセイを集めた本です。このエッセイ集がエモい!それで、ラジオ番組も聴くようになりました。70歳を超えているのに、高橋さんの声や語り口は若々しいです。

ラジオ番組は、1冊の本の紹介と、その本についてゲストと語り合うという構成です。50分があっという間です。

最近のゲストは、詩人の谷川俊太郎をはじめ、内田樹、伊藤比呂美、さらには(AV女優で作家の)紗倉まなといった錚々たるメンバーです。

取り上げられた本も、歎異抄、鶴見俊輔の「教育再定義への試み」、マイナーなところでは日本初の老々介護をテーマとする小説である耕治人の三部作「天井から降る哀しい音」「どんなご縁で」「そうかもしれない」など、なかなかのラインアップです。鶴見俊輔の本は積読でしたが、高橋さんのちょっとした言葉をもとにスラスラと読め、良さを理解できました。耕治人の本は絶版だったので、Kindleを買いました。

彼は大学で教えていたほか、数多くの文学賞の審査委員を担当しています。おそらく、小説家としての能力に加えて、批評家としての能力も買われているのでしょう。今後も読書の指南役となってもらいます。

| | コメント (0)

2023年5月28日 (日)

研究不正

スタンフォード大学の学長であるMarc Tessier-Lavigneの研究不正が調査されていると聞いて、驚きました。

https://haklak.com/page_marc_tessier-lavigne.html

Marc Tessier-Lavigneは神経科学(とくに神経回路形成)のスター研究者で、私が研究をしていた頃もCell Nature Neuronに論文を連発していました。

その後、ロックフェラー大学の学長を経て、スタンフォードの学長になっていたんですね。このたび初めて知りました。

 

少し分野が違っていたので、彼の論文をまともに読んだことはなかったのですが・・

「ゴマカシ、マヤカシでのし上がった奴なんやろうな」というのが率直な感想です。

 

ちなみに、彼のポスドク時代のボスであるTom Jessellも神経科学のスター研究者でしたが、後年、セクハラでコロンビア大学を追放されています。

 

| | コメント (0)

2023年5月18日 (木)

シュリンクス

「シュリンクス」というのは、精神分析にかぶれた精神科医を指す言葉で、ジェフリー・リーバーマンの著書の題名にもなっています。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B9%EF%BC%8D%E8%AA%B0%E3%82%82%E8%AA%9E%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F-Jeffrey-Lieberman/dp/4772416390/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=2ZU1KVI87GYU7&keywords=%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B9&qid=1684410555&sprefix=%E3%81%97%E3%82%85%E3%82%8A%E3%82%93%E3%81%8F%E3%81%99%2Caps%2C266&sr=8-1

この本では、アメリカの精神医学と精神医療が、公平な視点から描かれています。精神医学の功罪をバランスよく描いているという点から、もっとも優れた精神医学入門と言えるかもしれません。

アメリカでは1940年代から70年代にかけて、精神分析が精神医学界を席巻しました。その結果はかなり悲惨なもので、多くの精神疾患の患者さんが適切な診断と治療を受けられずにいました。

1980年にロバート・スピッツァーらが新たな診断基準(DSM-III)を発表したことが分岐点になりました。DSM-IIIは、病気の原因に関する理論(主に精神分析)に頼らず、できるかぎり科学を根拠としようという意思のもとで作成されました。それにもとづいて薬物療法や精神療法の研究、さらには遺伝子や画像の研究も行われるようになり、ようやく精神医学が科学の仲間入りをしたわけです。「シュリンクス」からの反発を跳ね返したスピッツァーの英雄的な努力が描かれています。
一方、その後のDSM-5改定に関しては、不透明性に関する批判に応えられなかった責任者の不手際に疑問を呈しています。当時の学会長だったリーバーマンが尻ぬぐいをした顛末も書かれています。

興味深かったのは、アーロン・ベックが精神分析を見限って認知療法を始めたときの回想です。

「全員、とても短期間で効果が出たので、私の患者数はゼロになってしまった。上司の学科長は私の患者がみな去っていくのを見て『君は個人開業では成功できないね。何か別のことをやった方がいい』と言っていたよ。」

こんなカッコいいセリフ、医者なら言ってみたいですよね!ちゃんとシュリンクスをディスってもいます。

監訳者が研究不正で処分されたことを知っていたので敬遠していましたが、もっと早く読んで、学生に勧めておけば良かったと思いました。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2023年3月23日 (木)

家族の心配より患者の気持ち

2023年3月21日 日経新聞朝刊 28面 医療・健康欄

写真家の幡野広志さんという方が、興味深い体験談を書いておられます。

癌になると、周囲からたくさんの人がお見舞いの電話を掛けてくる。

だいたい電話をかけてくる側が、自分の病気か家族の病気を話し、病気になった人が話を聴く立場になる。

詐欺まがいなインチキ医療を紹介してくる。

宗教の勧誘が押し寄せる。

「癌」という漢字のように、たくさんの口が山ほど押し寄せてくる病気のように感じられる。

結果として、電話番号を解約し、インチキ医療を紹介する人と縁を切り、親とも縁を切ったと。

 

人生が有限であることを突きつけられ、何に価値を置くかを問い直した結果の行為なのでしょう。

似た悩みをお持ちのがん患者さんとお会いしていたので、ストンと腑に落ちた気がしました。

| | コメント (0)

2023年2月 5日 (日)

日本文学盛衰史 演劇

平田オリザ氏の演劇は、タイミングが合えば見に行くようにしています。コロナの間は観に行けなかったので、今回は久しぶりで楽しみにしていました。事前に平田氏の「名著入門」に目を通して予習したくらいです。場所は伊丹アイホール、JRの伊丹駅から徒歩すぐです。土曜の夜の部で、観客は中高年男性が目立ちます。

観劇直後の感想は「???」です。セリフが説明的すぎるし、登場人物が多すぎて途中から名札つきになったり、途中から俄然コミカルになったり。

筋は通っているし、ギャグや小ネタが盛りだくさんで、2時間半近くの長尺は気にならなかったのですが、宮沢賢治がラッパーとか、やりすぎ感もありました。

モダニズムの受容がテーマだとして、敢えて(登場人物が多くなる)通史という形をとったのはどうしてだろう、とか帰りの電車でつらつら考えていました。まあ、子規と漱石とか、これまでゴマンと取り上げられていそうですね。

島崎藤村の「破戒」は近代小説の完成形だったんですね。「夜明け前」と共に読んでみようという気にはなりました。

行く途中に大阪駅で降りて、ピッコロカリーで食べたカレーが濃厚で良かったです。昔、ホワイティ梅田は通勤で通っていました。今はなき泉の広場は、立ちんぼで有名だったそうですが、当時は知りませんでした。

 

いつも思うのですが、30人以上が汗水垂らして作り上げた作品を3000円で鑑賞できるのは、いかにも安いです。150人くらいの観客でペイするのかな?と心配になります。

| | コメント (0)

2022年12月28日 (水)

自動車免許の更新

5年ごとの例のやつです。

10年前は、運転免許試験場まで行っていました。市内から片道1時間くらいかかり、完全に半日仕事でした。最寄駅からバスが1時間に2本くらいしかなく、バス停で大学の同級生と久しぶりに会って、話し込みました。

5年前は、ターミナル駅の近くに運転免許更新センターができ、講習も含めて1時間で終わりました。

今回は、講習を事前にオンラインで受けられるとのことで、講義を受けていったら、30分以内に交付されて驚きました。ほぼ本人確認と写真撮影だけです。

今後、マイナンバーカードとの一体化も検討されているようです。日本も変わらないようで変わっているのですね。

 

| | コメント (0)

2022年9月23日 (金)

バイオ サイコ ソーシャル 十五年説

Engelのバイオ・サイコ・ソーシャル モデルでもありませんが・・・今日、気づいたことを書き残しておきます。

 

私が医学部に入ってから基礎研究を辞めるまでの15年は、バイオの時代でした。

精神科医に転向して、サイコセラピーについてそれなりに勉強して、だいたい15年でもういいかと思いました。ただ、それで終わりにすると何も残らないので、論文を書いていますが。

次はソーシャルです。精神科医として、雇用面では休職や復職、傷病手当の診断書、福祉面では障碍者手帳や年金の診断書、生活保護受給者の医療要否意見書、介護保険意見書、などなど週に何通書いているやら、という感じです。

こうした話題には、倫理的問題をはらんでいます。たとえば、「貧乏人は気の毒だ」と思うか「貧乏人は怠け者だ」と思うかで、診断書の書きぶりは変わってくるでしょう。

社会科学の導き手として、小室直樹さんを選ぶことにしました。今は「痛快!憲法学」を読んでいます。自分があまりに無知のまま生きてきたことを思い知らされながら、楽しく学んでいます。あと15年は、ということになるのでしょうか。

 

| | コメント (0)

2022年9月19日 (月)

精神科医に何を求めるか

精神科の雑誌をパラパラと立ち読みしていた時に、歌人の河野裕子氏が「非定型精神病」で精神科医の木村敏先生の診察を受けていた、という一文を読みました。

木村敏先生は私の同門の大先輩であり、精神病理学の大家です。以前、私が勤務していた病院に週1回来られていて、私はその姿を遠くから拝見していました。

河野氏は乳がんの術後に情動不安定になり、夫であり歌人である永田和宏氏を夜ごとに罵るようになります。困り果てた永田氏は、旧知の木村敏先生に助けを求めました。木村先生の診察を受けるようになった河野氏は、ゆっくりと確実に回復していきました。二人の関係は、医師と患者という関係を越えて、大きな意味をもつようになったとのことです。

https://www.lifesci.co.jp/special/interview-%E3%82%AA%E3%83%94%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%92%E8%81%9E%E3%81%8F%E3%80%80%E6%B0%B8%E7%94%B0-%E5%92%8C%E5%AE%8F-%E6%B0%8F/

一見、美談であるようですが、違和感が残りました。

どのようなストーリーなら違和感が残らないか?

「河野は自宅から近い心療内科を受診した。50代と思しき地味な女性医師が診察した。時に感情を高ぶらせる河野の話に医師はじっと耳を傾け、『癌になってからというもの、日々辛いことばかり、この先生きていても絶望しかない、という感じなのですね。』と述べた。河野の目に涙が溢れた。

医師は睡眠薬の代わりに眠気が出るという抗うつ薬を処方し、1週間後に受診するよう伝えた。翌週以降の診察は10分程度で、河野の愚痴を医師がじっと聞き、最後に処方の調整の話が出るくらいだった。河野は2週間を過ぎたころから少しずつ寝れるようになり、2か月を過ぎるころには落ち着きを取り戻していった。多いときは6錠だった処方も1年後には2錠になり、診察も月1回5分程度となった。」

こうなると、典型的なうつ病の経過で、違和感はありません。

おそらく私が違和感を感じたのは

・有名な歌人のように感受性の豊かな人は、特別な医師しか治すことができない。

・精神科医は、単に病気を治すだけでなく、スピリチュアルな領域にも踏み込むべきである。

という(書かれざる)前提があると感じられたからでしょう。

臨床医を15年以上もやっていると、いわゆる「名医」がひどい処方を出していたり、逆に全く無名の若手医師がきわめて手際よく治療を進めたりする例を見聞きします。また、中身(治療)よりも包装紙(医師や病院の知名度)の方が重視されることがあるのも、よく知っています。

自由診療であれば高いお金を払って有名な先生の診察を受けたら、と思いますが、保険診療であれば、無名の医師がオーソドックスな治療をして、治療が終わって1年もたったら患者は主治医の名前を忘れている、くらいが良いのではないかと思っています。少なくとも、私なら後者を選びます。

 

 

 

| | コメント (0)

«酔わない檸檬堂