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2017年12月

2017年12月31日 (日)

反脆弱性-不確実な世界を生き延びる唯一の考え方

日本語の副題が橘玲の「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」にそっくりですが、原題は"Antifragile: things that gain from disorder"です。

タレブの前作「ブラック・スワン」はベストセラーになりました。「白鳥は全て白い」という命題は、たった1羽でも黒い白鳥が存在すれば覆されます。それぐらい、過去に例がない事象が大きな衝撃を与えることを「ブラック・スワン」と呼びます。通常、ランダムな事象は正規分布で生起すると考えられますが、地震などの自然現象や金融危機は、べき分布の方がよりよく記述できるのです。

「ブラック・スワン」に対処する方法として、タレブは「反脆弱」という概念を提唱します。
「脆弱」の反意語は「頑強」だと考えられていますが、タレブは「頑強は変動性に対してニュートラルであるに過ぎない」と否定し、変動性によって積極的に利益を得る性質を「反脆弱性」と定義します。(どの言語でも、「反脆弱」という意味の単語はないそうです!)
金融で言えば、コール・オプション(ある物を買う権利)は、損は限定的、利益は無限、という非対称性があります。これだと、ボラティリティ―が高いほど、利益が膨らみます。
(私がそれを瞬時に理解できたのは、以前、プット・オプションを買わされて痛い目に遭ったことがあるからですw)
この「反脆弱性」を金融以外のさまざまなフィールドに拡張したのがこの本です。この世の事象を「脆い」「頑強」「反脆い」の3つに分類しています。ブラック・スワンは予測できない、でも、ブラック・スワンが起きても壊れにくい、さらにはブラック・スワンを新たな創造のチャンスとできるシステムを組むことはできる、というのがこの本の趣旨です。
"Antifragile"が私の中で響いたのは、基礎研究から臨床医への転向を最もシンプルに説明しているからです。
研究者というのは「脆い」です。専門は極めて狭く、その分野の旬が過ぎてしまうかもしれません。理系の研究には機械や試薬が必要で、分子生物学のラボなら、人件費以外の研究費が年1000万でもカツカツでしょう。今は任期制の職が多くなっていますし、たとえパーマネントの職が得られたとしても、研究費が切れれば研究は続けられません。定年を迎えれば、ほとんどの研究者が再就職先を見つけることができず、「ただの人」になります。
私が30歳を過ぎて、「これから成果を出したとしても、せいぜい行けるのはこれぐらいだろうな」というのが見えた時点で、プット・オプションと同じ状況だった訳です。
それに対して、精神科医というのは「反脆い」です。指定医があれば、日本全国、どこでも食べて行けますし、忙しくてもいい、田舎でもいい、といった条件を飲むなら、かなりの収入を得ることができます。年老いたり、病気になったりしても、細々と仕事を続けることができます。
そもそも、精神科医という存在がmental disorderをメシの種にしているわけで、"things that gain from disorder"です。私は「反脆い」引き算的な治療が好きです。

ただ、良いことばかりではありません。自分の立場を持ち上げるために有名な他者をこき下ろす書きぶりは、繰り返し出てくると鼻につきます。「医原病」に関する議論は、医師にとって新しいものではないし、「脆いー反脆い」の構図で解決するものではなく、それを強いる社会構造を考察しなければ対策は出ないでしょう。正直、下巻は読むのが苦痛でした。

「脆いー反脆い」の軸は有用な枠組みで、あとは、読者がそれぞれのフィールドで取捨選択を考えるべきものでしょう。

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