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2020年5月 4日 (月)

コロナの渦の中で

これまで考えられなかったことが、この3か月の間に次々に起こっています。

たとえ数か月で終息したとしても(そうならない可能性が高そうですが)、その後の世界に大きな影響が残ることでしょう。

研究や教育でいうと、ウェブベースが飛躍的に増えて、たとえば学会のウェブ配信と参加は当たり前になるでしょう。

医療では管理的な傾向が高まるでしょう。その一環として、医療機関の機能分化が進むはずです。MRさんの削減が進みそうです。

 

こうした時に大きな視点で考えるのが大事です。もちろんユヴァル・ハラリとかスティーブン・ピンカーを読むのも良いのですが、もうちょっと自分の興味に合ったマイナーな本を掘るのも良いのでは。そう思って、(はからずも長い自宅待機に入っていたので)何冊かの本を読みました。

フィールドはバラバラですが、自分に引っかかるということはどこか共通項がある、というのが読後の感想です。

 

1)苅谷剛彦 追いついた近代 消えた近代 戦後日本の自己像と教育

(あらすじ)

・他国では「近代」が続いているのに、日本では「近代」が終わって「現代」に。

・欠如理論:後進性と欠如を結びつけ、近代西洋と比較して日本に欠けているものを日本社会の欠陥の原因だとみなす

・外部参照点であったアメリカに経済面でキャッチアップしてから迷走。

「エセ演繹型思考」の結果、具体的なイメージを欠く「主体性」の連呼と、新自由主義の名のもとの予算の抑制、その結果「改革疲れ」。

・帰納型思考:「後発型近代化の経験自体を、内部の参照点から事実認識をもとに帰納的に検証し、そこからそれ適切に分析できる自前の概念や理論を作り出していくという課題」(333頁) 

例 「生活者」(「弱い個人」の主体)

(感想)

・知らず知らずアメリカを参照点とする思考のクセにより自覚的になる必要がある。

・「エビデンス」が「エセ演繹型思考」の道具として使われる懸念。

・過去に「主体的に」判断し行動した人々へのリスペクト、たとえば、震災復興で活躍していたローカルな人々

 

2)室内生活 スローで過剰な読書論 楠木建

競争戦略を専門とする経営学者による書評などを集めたもの。

ごく簡単にまとめると

①頭のよさとは「具体と抽象の往復運動」

②因果関係を基にした順序が大切(箇条書きではダメ)

 

3)東京 坪内祐三

1958年生まれの東京ローカルの評論家・エッセイスト。

東京の街ごとにエッセイ。南千住が秀逸、「友達以上 恋人未満」だった女性への鎮魂歌。

アメリカへの憧憬を体現してきた東京の良さが、2000年以降に失われてきたという認識。納得!

写真が撮影された2004年から2007年は、私が東京郊外に住んでいた時期と重なっており、私にとってコンテンポラリーの東京。

今は亡き赤坂プリンスが懐かしい。

当時の著者の年齢は今の私とほぼ同じ。納得!

(感想)

戦後日本に育った人間にとって、アメリカへの憧憬の大きさ。そしてそれが薄れつつある現在。たとえば洋楽からJポップへ。

これからどこに行くのか?

あと、個人としては、やはり10代20代を引きずるんだよな・・・

 

【共通項】戦後の日本、アメリカ、近代、論理(抽象と具象、因果関係)、個人主義、消費社会

 

【共通項を自分のフィールドに当てはめると?】

今の60歳以上の精神科医にとって「精神療法」はロマンがあるが、50歳以下にはない。

精神分析=古き良きアメリカの退潮のせい?

では、そのあとの枠組みは?

 

 

 

 

 

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