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2022年9月

2022年9月23日 (金)

バイオ サイコ ソーシャル 十五年説

Engelのバイオ・サイコ・ソーシャル モデルでもありませんが・・・今日、気づいたことを書き残しておきます。

 

私が医学部に入ってから基礎研究を辞めるまでの15年は、バイオの時代でした。

精神科医に転向して、サイコセラピーについてそれなりに勉強して、だいたい15年でもういいかと思いました。ただ、それで終わりにすると何も残らないので、論文を書いていますが。

次はソーシャルです。精神科医として、雇用面では休職や復職、傷病手当の診断書、福祉面では障碍者手帳や年金の診断書、生活保護受給者の医療要否意見書、介護保険意見書、などなど週に何通書いているやら、という感じです。

こうした話題には、倫理的問題をはらんでいます。たとえば、「貧乏人は気の毒だ」と思うか「貧乏人は怠け者だ」と思うかで、診断書の書きぶりは変わってくるでしょう。

社会科学の導き手として、小室直樹さんを選ぶことにしました。今は「痛快!憲法学」を読んでいます。自分があまりに無知のまま生きてきたことを思い知らされながら、楽しく学んでいます。あと15年は、ということになるのでしょうか。

 

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2022年9月19日 (月)

精神科医に何を求めるか

精神科の雑誌をパラパラと立ち読みしていた時に、歌人の河野裕子氏が「非定型精神病」で精神科医の木村敏先生の診察を受けていた、という一文を読みました。

木村敏先生は私の同門の大先輩であり、精神病理学の大家です。以前、私が勤務していた病院に週1回来られていて、私はその姿を遠くから拝見していました。

河野氏は乳がんの術後に情動不安定になり、夫であり歌人である永田和宏氏を夜ごとに罵るようになります。困り果てた永田氏は、旧知の木村敏先生に助けを求めました。木村先生の診察を受けるようになった河野氏は、ゆっくりと確実に回復していきました。二人の関係は、医師と患者という関係を越えて、大きな意味をもつようになったとのことです。

https://www.lifesci.co.jp/special/interview-%E3%82%AA%E3%83%94%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%92%E8%81%9E%E3%81%8F%E3%80%80%E6%B0%B8%E7%94%B0-%E5%92%8C%E5%AE%8F-%E6%B0%8F/

一見、美談であるようですが、違和感が残りました。

どのようなストーリーなら違和感が残らないか?

「河野は自宅から近い心療内科を受診した。50代と思しき地味な女性医師が診察した。時に感情を高ぶらせる河野の話に医師はじっと耳を傾け、『癌になってからというもの、日々辛いことばかり、この先生きていても絶望しかない、という感じなのですね。』と述べた。河野の目に涙が溢れた。

医師は睡眠薬の代わりに眠気が出るという抗うつ薬を処方し、1週間後に受診するよう伝えた。翌週以降の診察は10分程度で、河野の愚痴を医師がじっと聞き、最後に処方の調整の話が出るくらいだった。河野は2週間を過ぎたころから少しずつ寝れるようになり、2か月を過ぎるころには落ち着きを取り戻していった。多いときは6錠だった処方も1年後には2錠になり、診察も月1回5分程度となった。」

こうなると、典型的なうつ病の経過で、違和感はありません。

おそらく私が違和感を感じたのは

・有名な歌人のように感受性の豊かな人は、特別な医師しか治すことができない。

・精神科医は、単に病気を治すだけでなく、スピリチュアルな領域にも踏み込むべきである。

という(書かれざる)前提があると感じられたからでしょう。

臨床医を15年以上もやっていると、いわゆる「名医」がひどい処方を出していたり、逆に全く無名の若手医師がきわめて手際よく治療を進めたりする例を見聞きします。また、中身(治療)よりも包装紙(医師や病院の知名度)の方が重視されることがあるのも、よく知っています。

自由診療であれば高いお金を払って有名な先生の診察を受けたら、と思いますが、保険診療であれば、無名の医師がオーソドックスな治療をして、治療が終わって1年もたったら患者は主治医の名前を忘れている、くらいが良いのではないかと思っています。少なくとも、私なら後者を選びます。

 

 

 

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