下流指向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
表題に当てはまるような患者さんがいたため、買ってきて読んでみました。
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下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫) 著者:内田 樹 |
全然期待せず、文庫で安いからと買ってきたのに、なかなか面白かったです。
最近の子どもたちは、怠けて勉強しないというよりは、積極的に学ぶことを拒否しているように見えるのはなぜか?という問いから始まっています。
それに対して著者は次のような仮説を提唱しています。
・今の子どもたち(若者たち)は、労働をして報酬を受けるという観念を持つ前に、消費者としての自己を確立してしまっている。
・学習→習得、労働→報酬のプロセスにはタイムラグがつきものだが、消費にはタイムラグがない。消費に慣れきってしまうと、対価を得るまで待てなくなる。そうなると学習は成立しない。
・労働主体は他者からの承認を得るまでみずからの主体性を確立できない(時間がかかる)。一方、消費主体は、貨幣を持っていれば主体性を確保できる。
・だから、「自己決定」を優先して、他者との関係性を構築できないと、労働から逃走せざるを得ない
待てないことで、未来の自分にしっぺ返しを食らうことになります。こうした現状に対し著者は、平たく言えば「なんでもビジネス(等価交換)で考えるのはやめようよ。学んだり働いたり、人とつきあったりする自体に価値を認め、手間暇をかけようよ。そんな場を大事にしようよ」と主張しています。
目先のご利益を求めてしまう自分には耳が痛いなぁ。
あと、線を引いたところは
・学びのプロセスで開発すべきことは何よりもまず「外界の変化に即応して自らを変えられる能力」です(p81)
(時間軸を持つ)生き物として必須の能力
・「ほんとうの私」は、共同的な作業を通じて、余人を以て代え難い機能を果たしたあとになって、事後的に周りの人たちから追認されて、はじめてかたちをとる(p85)
・「自立している人間」というのは・・・その人の判断や言動が適切であることが経験的に確証されたために、周りの人々から繰り返し助言や支援や連帯を求められるようになった人が「自立した人間」と呼ばれるだけ
上二つ、「自分探し」にたいする批判
・「継続審議」と「両論併記」と「三方一両損」・・・これらが、代表的なリスクヘッジの技法です(p107)
・地縁的なものであれ、血縁の共同体であれ、複数の人間で構成される相互扶助組織を持っていないと、やっていけない・・・弱者が弱者であるのは孤立しているから(p238-239)
上二つ、「自己責任」に対するリスクヘッジについて
・高等教育で学んだもっとも重要な技法であるはずのコミュニケーション能力や問題解決能力・・・もっとも重要な「学ぶ能力」は、「能力を向上させる能力」というメタ能力です。(p188)
問題解決とコミュニケーション 一般について。反射的に対応するのでなく、いくつかのパターンに自覚的に落とし込めたら、と思う今日この頃。(今、この道具を使ってるんだな、と思えたらいいな)
・わからない情報を、「わからない情報」として維持し、それを時間をかけて噛み砕くという、「先送り」の能力が人間知性の際だった特徴なわけです(p28)
未解決の問題を頭に飼っておくのは、すごくしんどいことなんです。
最後の二つに関連して「認知療法を学ぶ会」に出た後の連想:
刺激に対してすぐに反応するのでなく、認知を挟んで、その認知を適応的なものに修正しましょう、というのが認知療法。
脳の仕組みでいえば、感覚野から扁桃体などの情動脳へという回路に対して、高次脳からのコントロールを強化しましょう、と。行動療法を加えて認知行動療法となると、基底核を動員することになる。
高次脳は、現在の情報を(大脳に蓄えた)過去の情報に照らし合わせる。時間がかかるし、エネルギーもいる。パターンにはめて基底核がやってくれるとラク。
可塑性といえば、皮質(海馬、大脳)、小脳、基底核、扁桃体あたり。「身体性」を持ち込めば、小脳も動員できるか。
受験勉強していたとき、独自の方針として、頭は使わず手で解けるように、を目標にしていた。誰に教わったわけでもないと思うが。
前に拾ってきたこんな回路みたいなのが書けたらいいな。
ちなみに、冒頭に書いた患者さんにこの本を批判してもらおう、と思っていたのですが、いつの間にか仕事を見つけて退院されました。最後まで謎の人物でした。





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